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妄想街道10続高野山

妄想街道10続高野山

写真は高野山奥の院手前の御廟の橋付近から見た山々です。

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 目次 妄想街道1高野山--妄想街道2長白山--妄想街道3続長白山
   妄想街道4甲山(兜山)--妄想街道5歌舞--妄想街道6爆買い
   妄想街道7卑弥呼--妄想街道8腰痛被害--妄想街道9山の彼方に
   妄想街道10続高野山
掲載写真 1中山寺の馬頭観音院と白鳥塚古墳--2釈迦院本堂,護摩堂(不
   動明王),修行大師像-3池田の五月山--4中山寺の展望台より兜山
      5福岡ロボット博の母里友信人形--6池田の慈母観音菩薩
      7高野山入り口-8五月山近辺の野鳥-9吊り橋から見た山の彼方
      10高野山の山々


 妄想街道1高野山で自治会が高野山開創1200年と桃の収穫体験の募集が
あり参加した話を載せました。 この原稿を基に池田市桃園町自治会会長
兼,老人会会長が推敲して去年の暮れに池田市老人会の友愛連だよりに載
せてくれました。 それが以下で、私の文章よりまとまっています。
 文章比較のために載せます。 尚,高野山について説明していなかった
ので,調らべた結果を要約して掲載します。


 高野山への交通アクセスは電車で南海高野線 極楽橋駅で下車して,南海
高野山ケーブル高野山駅を降りて高野山奥の院へと向かいます。
高野山奥の院とは平安時代初期に弘法大師空海様)が入唐留学を終え,
唐の明州の浜より帰国の途につかれようとしていた時,伽藍建立の地を示し
給えと念じ、持っていた三鈷(さんこ)を投げられて,その三鈷は空中を飛行
して現在の壇上伽藍の建つ壇上(奥の院)に落ちていたという。
 日本に帰られた空海様はこの三鈷を求め、今の大和に入られた時都から
遥かに都を離れた,しかも約1000mの高峰であるこの高野山を発見された事
は古くから伝えられる物語がありますが,諸々の話はインターネットのウィ
キメディア・コモンズフリー百科事典を見て下さい。
 こうして空海様が高野山奥の院に,伽藍を開いて高野山開創1200年祭が
去年行われたのです。 それでは友愛連だよりをお読み下さい。


池田市 友愛連だより 掲載
 妄想街道  高野山
          桃園福寿会 藤原慶和


 先日、自治会が高野山開創1200年と桃の収穫体験の募集があり参加いたしました。参加者の中には、年寄りの付き添いや、ご夫婦と老人会、若い方達です。池田市内を出て、高速近畿道、阪和道を行き岸和田で休憩し、和歌山から、葛城を通って九度山の土産屋に入りました。
 バスの中では、会から頂いたビールを飲みましたが、物足りなくお店では、酒類の販売がなく仕方なく外に出てみると、酒屋の看板が目に付きあわてて買いに行きました。集合時間にはまだ時間があり、店で缶焼酎を買い時計を見ると後10分あり、急いで店を出ると、運悪く雨が降ってきて、そこは来た交差点と違うのに気がつかず、4つ角を行けども駐車場は見つからず。
お店の方に聞きますとこの先を曲がるとよいと言われ進むが、やはり見つからない。 後ろから老人が来られたので尋ねようとした時、T字路から中年の女の子が来られたので、この若い人に聞くべきと思い聞きますと私が来た方の角を曲がり真っ直ぐ進みなさいと言われ行くと駐車場がありました。
 あの女の人は空海様の化身かな~。
 会長他の皆さんが待っておられました。スミマセンと言いますと何してんねん、運転手さんが、あの道この道とバスで探して下さったと言われ、怒られました。入り口で皆さんに平謝りし、約40分遅れで発車致しました。ガイドさんは、大幅に遅れたためスケジュールの調整に追われられ、桃狩り体験、お昼ご飯、高野山のガイドさん等手配され、大変迷惑をお掛けました。
帰りの中でビンゴゲームを行い皆さんは、楽しく過ごされました。 会長から、挨拶があり、今日は色々なアクシデントがありましたが楽しく無事に終わり、ありがとうございましたと言われた時思わず叫んでしまいました。皆さんご迷惑をお掛けしました事を反省しています、スミマセンでした。年を取ると度忘れが多くなり慌てると余計です。これを深刻に悩むと認知症に進むかも知れませんのでケセラ~ケセラ~です。この様に妄想で暴走しますが、これも一つの生き方と思います。

 

以上