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妄想街道14ソーシャルビジネス

妄想街道

妄想街道14ソーシャルビジネス

写真は国道11号池田線の猪名川に架かる吊り橋です。

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目次 妄想街道1高野山--妄想街道2長白山--妄想街道3続長白山
   妄想街道4甲山(兜山)--妄想街道5歌舞--妄想街道6爆買い
   妄想街道7卑弥呼--妄想街道8腰痛被害--妄想街道9山の彼方に
   妄想街道10続高野山--妄想街道11高野山に勝頼の墓
   妄想街道12着物洗い張り籡(しんし)--13出たア~猫侍
   14ソーシャルビジネス
掲載写真 1中山寺の馬頭観音院と白鳥塚古墳--2釈迦院本堂,護摩堂(不
   動明王),修行大師像-3池田の五月山--4中山寺の展望台より兜山
      5福岡ロボット博の母里友信人形--6池田の慈母観音菩薩
      7高野山入り口-8五月山近辺の野鳥-9吊り橋から見た山の彼方
      10高野山の山々-11奥の院への参道入り口-12籡(しんし)の見本
      13猪名川に沿いの唐船が淵碑--14猪名川に架かる吊り橋
     
 3/22月曜夜10時のテレビ大阪のカンブリヤ宮殿を焼酎を一杯飲みながら
見ていたら、ビジネスを通して社会問題を解決しようという「ソーシャル
ビジネス」を手がける内容であった。 それはバングラデシュの貧困を救
おうと雇用を生み出す為の子供服事業を立ち上げに活躍中であった。

 そう言えば、昭和50年頃高雄へ出向して夜も活躍し廻ったなア~。
その頃、台湾は発展途上で会社としてのソーシャルビジネスかな。 あの頃
、出向社員全てがアパート住まいで、出勤はマイクロバスで加工区の会社
に向かう。 所が加工区には沢山の会社があり、入り口の門の前を目指して
来るは来るは自転車の大群、バスに当たりそうに成りながらでも飛ばして
来る。 会社に着き、コンベヤーを見ればズラーと若い女の子が並んでいる。
 その頃、まだICが出始めでコンデンサー、抵抗は一本一本手差しでした。
その為、人手が要ったのです。 懐かしいなア~。
(”流れの落ち葉”-29TFD2高雄へを参照)

 平成4年頃、中国の連雲港に有る加工区にも指導に要ったなア~。
日本からは大阪空港から、上海に行き普通は国内空港線で連雲港に行く。
しかし、始めの時は連雲港の空港が工事中で飛行機が無く汽車で行った。 

それが、切符がなかなかとれず3ッ日会社にも、家にも行方知れずと成りました。

2回目からは正常道理に飛行機です。 
 上海はその頃、万博前であちこちで工事が盛んに遣っていた。
加工区の会社には私が設計したモデルを外注生産で指導から、バイヤー
検品の立ち会いで行った。 所が、検品アウトで納期が遅れ品質検査の
処理が急がれていた。 検査員に早よ、残業してでも遣るんかいなア~、
残業代儲かるやんと。 宣うに、私ら今の給料で満足してんねん、何で
しんどいめまでせな厭かんねん。 ほんまにしんどかったなア~。 
(”流れの落ち葉”-51出張3特別区

 ソーシャルビジネスのテレビから、連想しました。

以上